修禅寺物語

修善寺と言えば、伊豆の代表的温泉地。
807年、弘法大師が独鈷(とっこ)杵という仏具で岩を打ち、霊泉を湧出させたこの「独鈷の湯」に始まる。


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桂川に架かる赤い橋。孟宗竹の散歩道。老境の男が歩く道ではない。

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温泉街のはずれ、「暑いねえ」と声をかけたら、中学生「はい」。
くすんだ看板の「東洋ベーカリー」さん、いつの頃からか店じまい。

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温泉街の中心にあるのが、弘法大師が964年に開基した修禅寺。
そう、お寺の方は「禅」の字。

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1193年、源範頼(頼朝の異母弟)が幽閉され、その後誅殺されたという。平家滅亡の立役者なるも、頼朝との不仲が原因。
今は静かに温泉街を眺め下ろす。


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そして、1204年、二代将軍・頼家も修禅寺に幽閉され、暗殺される。
満21歳の若さで。北条時政の手による。将軍だけあってか墓域が広い。
その死にまつわる戯曲が岡本綺堂作の「修禅寺物語」。

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墓の横に建つのが、母政子が供養で建てた「指月殿」。
伊豆最古の建築物である。


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安置されている釈迦如来坐像、蓮の花を手に持っているのは異例とのこと。

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1219年、三代将軍・実朝は頼家の子・公暁に暗殺され源氏将軍は断絶した。
疑心暗鬼と憎しみが生む仕返しの連鎖。現代も世界で続く。
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No title

修善寺にある歴史。
幽閉といえば・・・
生きているような死んでいるような。
そんな時代に生きていなくてよかったと思うと共に
今はどうなのかと思う。
今生きている自分が不思議で、何故、自分なのかと思う。
それは、ずっと前からの不思議。
誰でも思っていることなのか・・な・・

Re: No title

なおちんさん、「自分」って不思議ですよね。
だれもが「自分」を持っている。
それぞれが違う「自分」を。
どう違うのかな?
考えるとますます不思議です。
「自分」が現代に生きていることは幸せだと思う。
少なくとも殺戮の時代でないことを。
でも、世界ではまだ行われている。
再び日本がそうならないことを祈りたい。

すごい夫婦

修禅寺温泉に行かれたのですか。
温泉は、夏でも冬でもどの季節でもいいですね。

頼朝は弟達には冷たかったですね。
頼朝の考えを弟たちが理解できていなかったとも言えるとは思います。
そして、政子も非情の人でした。
時代を変えていくのは、同時代の人には理解されないような人でないとできないんでしょうね。


Re: すごい夫婦

メイの家さん、恒例の温泉巡りです。
やはり寒い時の温泉の方がありがたいですね。

非情なくらいでないとトップは務まらないのでしょう。
職場でもそうでした。
人の話を聞く耳を持たなかったトップも多かった。
その点、聖徳太子は偉かった?
プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

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