勝浦の鵜原理想郷

今月の父との温泉巡りは千葉県勝浦の鵜原温泉。
大正時代にユートピアづくりを目指して開発された土地。
地元では鵜原理想郷と呼ぶ。


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アプローチは車がやっとの小さなトンネルだけ。

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宿の足元には岬で囲まれた小さな勝場漁港。
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ということで、食前には海の幸が満載。
お造りの量と質に目を見張った。
ほかに、なめろうに、カレイのから揚げも。


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風呂も多彩。海を見下ろす展望風呂。

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こちらは洞窟風呂。岩を掘りぬいて作ったもの。
この宿は第二次大戦中、人間魚雷「回天」の基地として接収されたと。
勝場漁港には回天用に洞窟が掘られたとも。洞窟は温泉だけでいい。


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回天は、わが愛する「青がえる」(→こちら)の愛称をもつとのこと。
特攻隊員たちがそう呼んだのだろうか。
その同じ海、今は漁船が出港の準備。

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夜、父がびっくりすることを言い出した。
「戦後すぐ、若い者だけ社長の家に呼び集められたが、ここの近くらしい。駅が興津ということしか分からないが。」鵜原の隣駅である。


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翌朝、土地の人に聞くと、車で先導してくれた。
そこは大きな門だけが残り、あとは更地になっていた。
初代は、この浜で海藻を焼いてヨードにして財をなしたとのこと。


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帰ってから調べたら、父らを集めたのは3代目の社長。
それにしても興津という駅名を良く覚えて居たもんだ。
でも、そんな重大と言うか、父の大切な思い出、行く前に言って欲しいなあ。
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No title

武さん、いつもながらの親孝行に感服です。
勝浦は海の幸が豊富でうらやましい限りです。
いつもながらの綺麗な写真楽しませていたいております。
それにしてもお父さんの予想外の思い出話には
エー!とびっくりでしたね。
とっても良い旅になり、良かったです。
武さんの親孝行旅はお父さんは勿論、
武さん自信も楽しまれているように感じます。
それがとっても重要なところですね。

Re: No title

ケンさん、そうなんですよ、私自身も楽しんでいるのです。
父は奥ゆかしい所があって、社長さん宅の話を前もってしなかったようです。
でも、今どうなっているかは私自身も興味がありました。
800坪ほどの敷地が真っさらになっていたのは残念でしたが。


「青がえる」

私もShige Haruさんの親孝行に感服です
我が母も歩けるなら車に乗せて出歩きたいのですがままなりません
それにしても「青がえる」が出てきたのには驚きました
我が父は「青がえる」特攻隊に志願したそうです
出撃がないまま帰ってきました
だから今の私がいるのですが
父は酔っぱらうとよく「俺は特攻崩れ・・・」と言っていた
酒癖が悪かった でもいい思い出です

Re: 「青がえる」

yukiさん、親孝行にかこつけて私も遊んでいるだけなのです。
お父様が「青がえる」特攻隊に志願したとは、びっくり。
父の時代の人たちは生と直に向き合っていたのですね。

うちの父はもう体が酒を受け付けなくなりました。
残念です。


人間魚雷回天

大正時代にはユートピアづくり。
そして、戦時中は人間魚雷「回天」の基地。
現在は、温泉宿。
いろいろ変遷がありましたが、やっぱり平和が一番ですね。
最近の風潮には、何やら危険な香りがします。

その土地に出かけてみると、意外なことが思い出されるものなんですね。
お父さんの若かりし頃の思い出も、出かけたからこそ蘇ってきたのではないでしょうか。
素晴らしい親孝行ですね。

Re: 人間魚雷回天

メイの家さん、隠れ里のような宿と思っていましたら、回天が出てきてびっくりしました。
素朴なおかみと、チャーミングな若おかみと、地元のおばさん?と、外国の方でやっていました。

意外と父の足跡が遠くに広がっていたのに、これもびっくりでした。
戦後の昭和22年ころのようですが、神奈川から1日がかりだったのでしょう。
この先、まだ私の知らない父の昔の姿が出てきそうです。

ひなびた温泉

千葉の温泉はぱっと思い浮かびませんが、なかなか味のあるお宿のようです。
本当に小さな入り江の漁港ですが、それを一望できるロケーションはなかなかのものとをお見受けしました。
お父さんの思いでもしかり、少し調べるとヨード生産の歴史もよくわかります。
旅先選びも、お歳の功をあなどれませんね。

Re: ひなびた温泉

となりのじろろさん、規模は小さいが千葉にもあちこちに温泉(実際は鉱泉)があるようです。
理想郷を目指しただけに、なかなかのロケーションでした。

海辺の海藻(かじき)を焼いて、ヨードにしたのは、実は味の素の創業者(鈴木なにがし)が最初のようです。
確か、逗子だかの浜辺で焼いたのです。
神奈川の公害のはしりです。
父の勤めた会社が窮地に陥った時、その鈴木なにがしさんは商売敵なのに援助をしてくれたとのこと。
昔の経営者は、見込んだ男なら、商売敵でも手助けをしたんです。

No title

親孝行したい時には親は無しといいますが・・・
私達夫婦とも、もう両親が他界していません。
旦那のお母さんとは、
近いけどいろんな所によく行きましたが
私の親とは、旅行に行ったのは、大阪万博くらいです。
これからも、一緒に楽しみながら親孝行してください。
ちなみに、私は娘と千倉、舘山に行ってきました。
ほんの少し前帰って来たところです。
舘山にも戦時中のでかい防空壕とか、敵の飛行機を見張るために
掘られた岩穴とかありましたよ。

Re: No title

なおちんさん、旦那さんのお母さんのお相手をしてくれていましたか。
私からもお礼を申し上げます。
お母さんには、幾度となくお世話になりました。

館山は首都防御の拠点だったのでしょう。
何しろ東京湾の入口ですから。
それにしても、ずいぶんと遠いところまで旅行なさっているのですねー。
プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

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