愛の母子像

小学3年生の1年間だけ、近所の家で絵を教えてもらっていた。
その年(昭和33年)は東京タワーが竣工した年でもあった。
8月の教室の最中、経験したことがないような大きな音がした。
近所に米軍機が落ちたことを知り、早速見に行った。
大きなすり鉢状の穴が開いていた。
パイロットは死亡。住民1名重傷、軽症7名。6棟全半壊。(県ホームページより)

PICT0249.jpg

1977(昭和52)年9月27日、青葉区荏田北に米軍機が落ちた。
二人の幼児が亡くなった。
母(和枝)は、子らの死は当初知らされず火傷と戦ったが、4年4か月後にむなしく亡くなった。
和枝の父(勇)は、その一切を「あふれる愛を継いで」にしたためた。

P1070693.jpg

事件の現場からはやや離れるが、横浜線・十日市場駅近くに「ハーブガーデン和枝園」がある。
勇さんが作ったもので、障害者たちの休憩スペースともなっている。
初夏にはラベンダーが咲き、和枝さんを忍ぶ人たちが集まる。

P1070980.jpg

今はアメジストセージがきれいに咲いている。
花言葉は「家族愛」


P1070979.jpg

1985(昭和60)年、遺族らから市への寄贈の形で、港の見える丘公園に「愛の母子像」が設置されたが、事件のことを記すことは許されなかった。

P1070727.jpg

2005年、当時の中田市長の英断により、事件の概要を簡潔に記述した碑文が添えられた。


P1070608.jpg

像があるのは公園内でもひっそりとしたフランス山地区。
母子の視線の先には、木の間越しにベイブリッジがある。
たまに通るカップルは、像には気が付かないで通り過ぎる。

P1070612.jpg

港の見える丘公園は、近年バラを多く植栽している。
そんな中に、「カズエ」という名札のバラが2株ほど植わっている。
志ある方が作り出し命名した新品種。

P1070725.jpg

和枝さんのため、千人を超す人が皮膚提供を申し出て、80人以上が実際に移植した。
でも、最後は国によって精神病院に送られていた。
愛する子供をいっぺんに失った悲しみ・憤りをぶつける先は最後までなかった。
27日で40年が経つ。
スポンサーサイト

横浜開拓の守護神

昔、大岡川の河口は釣り鐘状の浅海だった。
吉田勘兵衛は自費でこれを埋め立てて農地(吉田新田)とした。
両側(大岡川と中村川)と中央(今の大通り公園)に水路が設けられた。
(写真:横浜市歴史博物館の資料より)


P1020868.jpg

埋め立てには周囲の山を切り崩した土砂を用いた。
その一つが天神山で、京急・日ノ出町駅の裏に「天神坂碑」が立つ。

P1070973.jpg

埋め立て完成から、今年で350年。
吉田新田(橙色ラインのエリア)は今でこそ主役の座をMM地区などに取って代わられたが、横浜発展の礎となった。
(写真:ランドマーク展望台から。手前が大岡川の河口)

P1070951-2.jpg


9月15日から3日間が、この地の守護神・日枝神社の例大祭。
地元では「お三の宮」と呼ばれるのは、埋め立ての人柱となった「おさん」の伝説による。

P1070962.jpg

16日は時折の雨の中の大神輿巡行。
猿田彦神もお付きの神職も雨合羽姿に。

P1070936.jpg

横浜随一の大神輿は小型トレーラーが引く。
神社を出発した神輿の行列は一日をかけて地区全域をくまなく回る。

P1070938_2017091709573153e.jpg

P1070942.jpg

50もあるかという町内会がそれぞれ神輿を出迎える。

P1070946_201709171006438eb.jpg

ところどころに設けた御旅所では湯茶の接待も。
神輿が神社に戻るのは夜8時過ぎ。

P1070950.jpg

おさんの伝説が生まれるほど、埋め立ては困難を極めた。
日枝神社の裏には堰の安全を祈った堰神社まである。
現代では咳の神様として信仰されている。

P1070970.jpg

高島嘉右衛門、浅野総一郎と並んで吉田勘兵衛は横浜発展の立役者。
小学校で習ったこれらの偉業は私の記憶に鮮明に刷り込まれている。

緊急石油輸送

僕の名前は、タンク車のター坊(タキ1000系)。
仲間は全国に1000人(両)もいて、毎日、製油所から地方の油槽所へ石油を運んでいる。

P1070871.jpg

僕の家は、根岸駅に隣り合うJXさんの構内。
お仕事に出るときと帰ってきたときは、根岸線の電車の横に並ぶ。

6年半前、東北で大きな地震があったよね。
その1週間後にあった僕らの大冒険のお話をしよう。


P1070838.jpg

地震で仙台の製油所が壊れて、福島や宮城の皆さんは石油に困った。
そこで、僕ら根岸の仲間が石油を届けにいくことになったのだ。
でも、途中の鉄道が壊れていたので新潟や青森を回って届けることになった。


P1070869.jpg

3月18日、いつもより石油を少し減らしておなかに詰め込んだ。
おなか一杯に詰め込むと、途中の線路が悲鳴をあげるからだ。

P1070732.jpg

僕たちを引っ張っるのは、いつもの桃太郎おじさん(EF210系)やブルーサンダーおじさん(EH200系)。
それだけでは足りないので、他からも機関車さんたちが助けに来た


P1070653.jpg

P1070709.jpg

いよいよ出発。盛岡まで1030km、こんな長い旅をしたことがない。
運転手さんも初めて走る線路だし、地震の影響も心配だ。
根岸線に入るポイントを切り替えてくれるおじさんも緊張気味。

P1070711.jpg

僕たちは20人(両)がつながって盛岡を目指す。
石川町駅を轟音とともに通り過ぎる。


P1070719.jpg

可愛い女の子も心配そうに見送ってくれる。
でも、今日はわき目をふらずに走らねば・・・

P1070723_2017091213590317b.jpg

桜木町駅の手前でいつものように大岡川にかかる鉄橋をわたる。
桜木町の先で地下の貨物線に入る。
上越線、羽越線、奥羽本線、青い森鉄道などを経て盛岡に着いたのは翌日。


P1070853_20170912140042162.jpg

磐越西線を使う郡山ルートは3月25日から始まった。
こちらは非電化区間があるので新潟からはディーゼル機関車のデーデおじさん(DD51系)たちが引っ張ってくれた。
山坂道なので僕たちは半分に分けられ、しかもデーデおじさん二人がかりで引いてもらう。


P1070784_20170912125712572.jpg

それでも、雪の峠で車輪がスリップして走れなくなってしまった。
そこで、会津若松からイトおじさん(DE10系)がやってきて、後ろを押してくれた。
(写真:タキを押すDE10。雪に見えたらうれしい)

P1070868.jpg

郡山に無事到着。
福島の皆さんが出迎えに来てくれていた。
僕らはやり遂げたのだ。みんなの力を合わせて。


P1070785.jpg

この出来事は新聞にも載った。
斜陽といわれる鉄道貨物がその力量・価値を発揮させた。

すとうあさえ(文)・鈴木まもる(絵)「はしれディーゼルきかんしゃデーデ」をコピーさせていただいた。

小千谷縮の帽子

先週、まだ暑い日が続くと思い、夏用の帽子(ハンチング)を買った。
とっても軽く、手触りが涼やかなのが気に入った。

P1070825_2017090323331829c.jpg

自宅に帰ってからタグを見たら小千谷縮とある。
「北越雪譜」の中で「雪中に糸をなし、雪中に織り・・・」と紹介され、高級和服の生地として有名な織物だ。

P1070806.jpg

帽子を買った数日前、川端康成の「雪国」を読んでいた。
昭和39年発行の角川文庫で、定価八拾圓とある。
越後湯沢を舞台に、主人公の島村と芸者・駒子との情交?を抒情的に描いた小説。

P1070826.jpg

その最終章に「雪のなかで糸をつくり、雪のなかで織り、雪の水にあらひ、雪の上に晒す。績み始めてから織り終わるまで、すべては雪のなかであった。雪ありて縮あり。雪は縮の親というべしと、昔の人も本に書いている。」の一文がある。
北越雪譜を引用しながら、小千谷縮を紹介しているのだ。


P1070831.jpg

島村は汽車に乗って縮の産地(当然、小千谷)を訪ねている。
また、自らも縮を持っていて、手入れの一つとして雪晒しに出すとも書かれている。
私も、この縮の帽子を大切にしよう。電車の中に忘れないようにも。(→過去のブログ


蛇足です。
昭和42年の夏、小説を読んでいた興味から、上信越バイクツーリングの途中、「雪国」の記念碑に立ち寄っている。
小説の冒頭の一節が、康成の自筆で刻まれている。(写真:昭和42年8月)
当時、記念碑の周りは殺風景だったが、現在はかなり変わっているようだ。

PICT0288.jpg
プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
訪問者数
お知らせ
<コメントをお送りください>
●各記事の末尾(スポンサーサイトの下)に「コメント:数字」があり、これをクリックすると投稿欄が出てきます。
●お名前(適当に)と本文を書いて、簡単な数字の入力が求められ、あとは送信ボタンを押すだけ。ご自身のアドレスなどの欄は空欄でOK。
●コメントはどうも・・・という方は、拍手のボタンを押してください。ブログを立ち上げなおすと、拍手の数が増えたのが確認できます。
最新コメント
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック