ペリーのマンダリンブラフ

1958(昭和33)年5月、本牧の旧間門海岸での潮干狩りの様子。
一帯の海岸はその直後埋め立てられ、巨大な石油精製工場となった。

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60年を隔て、この海食崖は同じ姿で残り、その足元は本牧市民公園、崖の向こう側は三渓園として市民憩いの場となっている

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ペリーはこの崖を見てマンダリンブラフと呼んだそうだ。
マンダリンとはミカンのこと、ブラフは崖。
黒船からはミカン色に見えたのだ。

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旧間門海岸に面するのが、今も現地に立つ間門小学校。
かつては、休み時間に児童らは海辺で遊ぶことができた。
埋め立ての代償として作られたのが附属海水水族館。

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設立当初はポンプで海水をくみ上げていたが、今は人工海水を使う。

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水槽の魚は地元の漁師が定期的に補充している。
有志が手助けはしているが、普段の世話は児童が行う。

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ウミガメの赤ちゃんは沖縄美ら(ちゅら)海水族館から寄贈された。
壁に体重と身長の増加の状況が貼ってあった。
本施設、職員室に断ればいつでも見学可能。月に1回、一般公開日も。


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マンダリンブラフの頂上から見た現在の間門海岸。
道路は首都高速湾岸線。(写真:昨年11月)
雲がなければ煙突の向こうに富士山が見える。

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この石油精製工場には仕事で何十回も訪ねた。
定期点検中の巨大なガスタンクの中にも入った。
が、当時は崖のことも潮干狩りのことも、頭をかすめることさえなかった。
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プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

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