大磯の偉人

前々々号に続いて、中井の畑への通り道、大磯をお散歩。
同じく1958(昭和33)年4月、父が写した大磯駅。


PICT0229-012.jpg

現在、裏山の松が枯れて竹混じりの林に変わっている。
でも、半世紀を経ても駅舎の形は同じ。


P1000055-001.jpg

待合室の天井。
関東大震災で倒壊して2代目駅舎であるが、国の近代化産業遺産。


P1000091-011.jpg

駅前の小高い森の中にエリザベス・サンダース・ホーム。
沢田美喜記念館もある。


P1000057-002.jpg

美喜は岩崎弥太郎(三菱の創始者)の孫。
1948(昭和23)年、乳児院そして児童養護施設を設立し、2千人の子供達を育てた。


P1000059-003.jpg

風呂敷に包まれた混血嬰児が汽車の網棚から落ちてきたのがきっかけ。

P1000061-004.jpg

その美喜が集めた隠れキリシタンの遺品を陳列する記念館。
ホームの子供たちのミルク代にも事欠いた際も手放さなかった愛蔵品の数々。
キリスト像が浮かび上がる魔鏡(陳列品はレプリカ)もある。

P1000085-008.jpg

その海側、国道1号に沿った新杵のはす向かい・・・
「新嶋襄先生終焉の地」の碑。弟子の徳富蘇峰の筆。
同志社大学の設立者であり、あの八重さんと結婚も。


P1000069-006.jpg

1890(明治23)年1月、療養の甲斐なくこの地にて47歳で死す。
八重さんも東海道線でやってきた。
最後の言葉、「グッドバイ また会わん」。

P1000067-007.jpg

美喜と襄、いずれもキリスト教の教えに従い人生を生きた。
中井町に住んでいた頃、子供が着られなくなった衣類をホームに持ち込んだことがある。


スポンサーサイト

安寿と厨子王

昔、教科書で森鴎外の小説「山椒大夫」を習った。
人買いにつかまり、安寿と厨子王が辛酸を舐めたのがここ丹後の宮津。
今、その地に二人の像が建っている。


P1000174-009.jpg

宮津と舞鶴の境を流れる由良川が若狭湾に注ぐところ。
二人が見つめる先には、母が売られていった佐渡が・・・

P1000172-008.jpg

安寿が重たい汐汲み桶を担がされた由良の浜。
安寿が死をもって逃がした厨子王は都で出世し、この地に戻り人買いを止めさせた。
幸福そうな現代の若人二人は何を語らう?

P1000171-007.jpg

その浜を目の前にして解禁されたばかりの松葉蟹のフルコース。
写真のほかに蟹の刺身、天ぷら、最後は蟹雑炊。


P1000166-005.jpg

由良川を10kmほど遡ったところの街路樹のユリノキ。

P1000161-002.jpg

その根元の看板。由良川の氾濫でツアーバスが立ち往生。
乗客37名がバスの屋根に登って救助が来るまでの一夜を過ごした。
看板の左手、奥の集落に、目立つ青い屋根に白線のある家。

P1000160-001.jpg

この地方特有の茅葺き入母屋造り。
江戸時代の築だが、最近各所を手直しした。


P1000180-015.jpg

玄関、味のある古い屋根瓦を旨く使っている。

P1000181-016.jpg

入ると土間。
正面のしっくい壁には丸窓と古い建具とで意匠を凝らしている。

P1000182-017.jpg

夕刻、車で15分ほどの西舞鶴駅に送ってもらう。
ここは三セクが運営の北近畿タンゴ鉄道の始発駅でもある。
内装を凝らした「あかまつ」号。この先、乗車の機会があるだろう。

P1000186-021.jpg

今回は、ダークレッドの帯が控えめな特急「まいづる」に乗車。
ここJR舞鶴線から山陰線に乗り入れて京都駅に戻る。


P1000191-025.jpg

横浜市歌「わが日の本(もと)島国よ 朝日輝よう海に・・・」の作詞者は森鴎外。
舞鶴のこの家とは、末永くお付き合いをしていくこととなった。壽。

中華街の晩秋

退職して以降、中華街とはずいぶん疎遠となった。
久しぶりに昼食をとりに立ち寄った。
歩道のタイル、こんなのに以前は気が付かなかった。


P1000025-001.jpg

元町側の門。その足元の街路樹・・・

P1000024.jpg

姫リンゴだった。どの樹も鈴なりに実をつけている。
これも知らなかった。

P1000028-002.jpg

ほどなく新しい建物の前に出る。
2006年建立の横浜マ祖廟(マ=女偏に馬と書く)。
道路との間においたプランターには、金柑の実か?

P1000029-003.jpg

マ祖廟は、海の女神を祀った中国の神社?お寺?
マ様は実在の人物らしい。
カップルが中国のお線香を焚いている。


P1000032-004.jpg

マ様の居る本堂?に入るのは100円のお支払。
外に負けずに中はもっと派手。中では写真禁止。


P1000035.jpg

お目当ての昼食は北京ダックのランチにした。
でも1000円ちょっとで、デザートは食べ放題。
コックさんが各テーブルごとに北京ダックを切り分ける。


P1000040-005.jpg

この店では、皮だけでなく肉も付いてくる。
あの独特のタレを春巻きに付け、ネギなどと一緒に巻いて食べる。


P1000045-006.jpg

帰り路、街路樹に柿の木が1本。
新しいビルには壁面緑化。
街角に煉瓦で作った昔の下水道管の遺物。


P1000049-007.jpg P1000052-010.jpg

P1000050-008.jpg

のんびり歩くと、いろいろなものが見えてくる。

大磯を散歩

父が1958(昭和33)年4月に撮った大磯駅。その下の写真は現在の姿。
ホームの屋根、こ線橋、右手の山、いずれも昔の面影をとどめている。
ホームの屋根が伸びたのは、電車の編成が長くなったからか。



P1020858-038.jpg

中井に住んでいた時、時々利用したお店の数々。
ウナギの国吉、井上蒲鉾、豆腐の真壁、西行饅頭の新杵。

P1020742-022.jpg P1020722-003.jpg

P1020739-020.jpg P1020721-002.jpg

鴫立沢。この地で西行が詠んだという歌「心なき 身にもあはれは しられけり 鴫たつ沢の 秋の夕暮れ」

P1020723-004.jpg

島崎藤村が1941(昭和16)年に疎開して住んだ借家。
大家は新杵さん。


P1020733-014.jpg

2年後、藤村71歳で永眠。
駅近くの地福寺に夫妻の墓がある。

P1020749-026.jpg

白御影の角柱の墓。意外と質素だ。

P1020752-029.jpg

中井の畑への道すがら、歴史の町・大磯を散歩するのは楽しい。

東郷さんは偉い人

久しぶりにJR原宿駅を下りた。
駅から続く細い通りがあの竹下通りで、若い人だらけ。
有名人のショップもいろいろあるらしいが・・・。


P1030151-017.jpg

P1030149.jpg

200mほど歩いて左の路地に入る。
そこには日露戦争の連合艦隊司令長官・東郷平八郎を祀る東郷神社。
結婚式場として良く知られるが、こんな所にあったとは。


P1030138-006.jpg

その石段には、Z旗のマークが入った必勝祈願の幟(のぼり)が並ぶ。
3000円出すと、名前入りで6ヶ月間立ててもらえる。

P1030134-002.jpg

東郷は、バルチック艦隊との戦闘にあたり、このZ旗を掲げて臨んだ。

P1030140-007.jpg

東郷は、日露戦争の勝利には小栗上野介の功が大とした。
確かに軍艦、大砲、砲弾すべて鉄。そこで、感謝の書を遺族に送った。
現在、書は小栗が眠る東善寺(旧倉渕村)の本堂に掲げられている。


P1100173-018.jpg

(話は東郷神社に戻って)境内には「潜水艦殉国碑」。
碑文を読んで気が付いた。
潜水艦で亡くなった人々はほとんど骨が拾われていないことに。

P1030146-013.jpg

もうひとつが「海軍特年兵の碑」。
太平洋戦争の末期、14歳からの志願兵約1万7200名を採用した。

P1030143-010.jpg

横須賀、呉、佐世保、舞鶴に配属され、うち5000名が戦死。
”昭和の白虎隊”の文字が痛ましい。


P1030147-014.jpg

子供のころの遊びで、鬼が数をカウントしてストップ・・・。
数え方に、「だるまさんがころんだ」のほかに「東郷(または乃木)さんは偉い人」。
小栗しかり、昭和の白虎隊しかり、歴史から忘れられた事実。

プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

カレンダー
10 | 2014/11 | 12
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
訪問者数
お知らせ
<コメントをお送りください>
●各記事の末尾(スポンサーサイトの下)に「コメント:数字」があり、これをクリックすると投稿欄が出てきます。
●お名前(適当に)と本文を書いて、簡単な数字の入力が求められ、あとは送信ボタンを押すだけ。ご自身のアドレスなどの欄は空欄でOK。
●コメントはどうも・・・という方は、拍手のボタンを押してください。ブログを立ち上げなおすと、拍手の数が増えたのが確認できます。
最新コメント
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック