山里の大祭

借りている畑は、人口1万人ほどの足柄上郡中井町にある。
4月29日、畑を途中で切り上げ、町内の五所宮八幡宮の大祭に行った。
4つの集落がそれぞれ保有する4台の山車が繰り出される。


でも山車、私が住みついた最初の春に20数年ぶりに復活したもの。
山車はその朝に飾りつけられる。
復活の年、経験者が記憶を頼りに組み付け方を指示していた。
(以下の2枚:復活の1976年4月29日)

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今回はそれ以来の見物で、38年ぶりとなる。
山車が真新しいように美しい。
塗り替えたのだが、その費用が大変だったと。

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もう一つ変わっていたこと・・・女性が目立つ。


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2時ころから雨が・・・
幟?と障子づくりの屋根を外し、丸ごとビニールで囲う。

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そしてお旅所(祭典場)に向かう。
街の角々では、棍棒を旨く操って山車を回転させる。

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夕刻、お旅所では神輿も合流し、優雅な鷺の舞が演じられる。
(これらは来年、紹介することにしよう。)
山車に灯が入ると一層美しい。

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お旅所での神事が終わると山車は「曳き分かれ」の旭橋に向かう。

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橋の手前で、クライマックスとなる神輿の「川入り」を待つ。
この頃になると、50以上並んだ露店も店じまい。
中井町に住んだ8年間、そして畑をやり続けてきた38年間の感謝の思いがこみ上げる。


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山車の笛と太鼓の音は21時すぎまで途切れることはなかった。
普段は静かな山里の、集落挙げての雅な祭。
中井町っていいなあ。
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焼き筍と新茶

川崎市の生田緑地の近く、友人宅の竹林で筍掘りをさせてもらった。
昨日からの雨も上がり、筍堀りには絶好の日和である。

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筍は竹の地下茎から生えている。
その生え際にスコップの先を入れて、テコの原理でグイと掘り起こす。

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筍の頭が地面から出るかどうかの頭が黄色いのが最高級品。
柔らかくて、アクが少ないのだ。


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誘いを受けた二軒で、合わせて大小60本程度を収穫。
そこで、帰路、あちらこちらにお裾分けして回る。


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さっそく、米ぬかと鷹の爪で茹でる。
当分、筍づくし料理が続くことになる。

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小ぶりのもの、いくつかを焼き筍にした。
皮が付いたまま250度のオーブンで1時間ほど焼くのだ。
これを縦に二つに割り・・・


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湯気が立っている熱いのを食する。
茹で筍とは違う食感と香ばしさ、えもいわれぬ美味しさである。

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ところで、女性陣は筍掘りより茶摘みに夢中だった。

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一芯二葉といって、芽が出たばかりの若芽を摘む。
これを電子レンジにかけて炒ると、新茶の香り、まろやかさ。
何とも甘露なり。


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筍掘りのお誘いは今回で5,6回目になろうか、掘るコツはほぼマスターした。
友人と自然の恵みに感謝。

左官の技と自然の神秘

今月の温泉巡りは、西伊豆の堂ヶ島温泉。

その宿にほど近く、なまこ壁で知られる松崎町がある。
なまこ壁とは、黒い平瓦の目地を防水のため漆喰で塗り固めたもの。
丸みを帯びた断面が海の「なまこ」に似ることによる。


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こちらは昔呉服商の家だった中瀬邸。
今は町に寄贈され資料館となって一般公開されている。


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その土蔵の扉には立派なこて絵が施されている。
漆喰を使って、こてで盛りあげる。

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目の前の那賀川に架かる橋もこて絵で彩られている。
欄干の四隅とも、やや色あせてきているが満開の桜の絵がら。

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江戸から明治に活躍した左官職人・伊豆の長八はこの町の生まれ。
今にも飛び出さんばかりの迫力である。(以下2枚、長八美術館にて)

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しかし、長八のこて絵は華麗な色彩を用い、絵画のように描くことに特徴がある。その作品の鑑賞には虫眼鏡が必要なほどである。
丸一山荘やその近在のこて絵を以前紹介した(→そのブログ)。
だが、長八の作品は別格であり、芸術の域にある。


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一方、堂ヶ島といえば、船での洞窟巡りが恒例。

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洞窟に差し込む光が美しい。

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堂ヶ島とは数十の島の総称で、その中の三四郎島はトンボロで有名。
干潮時にだけ陸続きになる。

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数時間後には、海に没する。
三角の小さな岩の頭だけ残して・・・

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長八の感性を育んだ堂ヶ島・松崎の自然。
漆喰は、海藻、藁、石灰からなる、やはり自然が源。
長八の作品は、関東大震災で多くが失なわれたのが残念である。

重要無形文化財

前回、前々回に登場の陶芸家・河井寛治郎の自宅兼仕事場は、現在、記念館となっている。(撮影:本年4月6日)
寛治郎は、柳宗悦(やなぎむねよし)らと共に、土着の手仕事の技を発掘し「民芸」として世に広めた。

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こうした民芸作品に興味があった私は、新婚旅行で大分県日田市の山中にある小鹿田(おんた)焼の窯場を訪ねた。(撮影:1975年10月)

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その3年後、自宅の庭に耐火煉瓦で楽茶碗を焼く小さな窯を造った。
灯油のバーナーで窯の温度を上げ、鋏を使って茶碗を1個ずつ入れる。
釉薬が熔けたら茶碗を引き出し、急冷する。(撮影:1981年11月)

1981年11月 (2)

その作品を展示する機会が、農の里で2009年にあった。
里の地主さんが声をかけてくれて、近在の方々9名で作品を持ち寄ったのである。(撮影:2009年8月。以下2枚とも。)

2009年8月

真ん中と右の茶碗が自分の窯で焼いた昔の作品。
(左は陶芸教室で焼いてもらった作品。大甕は地主さんの所蔵品。)


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窯を作って数年後、中井町から横浜に泣く泣く引越をした。(借りた畑には今でも通っている。)
現在、窯を形作った耐火煉瓦は自宅庭の敷石と化している。

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ところで、小鹿田を訪ねた際、土産に小さな焼き物を買い求めた。
とび鉋(かんな)という小鹿田独特の技法が施されている。
まだ生乾きの時に、鉄の薄片を弾ける様に当ててこの模様を作る。

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現在、小鹿田の窯場10軒は重要無形文化財の保持団体となっている。
陶芸の重要無形文化財は、柿右衛門なども含め12件しかないのに。
小鹿田焼なら今でも数百円で国のお宝が手に入るのは嬉しい。

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河井寛治郎は、文化勲章や重要無形文化財(人間国宝)の指定を辞退した。名利を求めない姿勢を生涯貫いたのだ。
寅さんが出会った陶芸家は寛治郎を模したものだったが、人間国宝という設定は、やはり娯楽映画だから。

桜と椿

6日は神奈川や都内などでは最後の花見となったようだが、そんな中、妻と京都に向かった。

お目当ては哲学の道から近い霊鑑寺(れいかんじ)のツバキ。
1654年、御水尾天皇の皇女・多利宮を開基とする尼門跡寺院。
春と秋だけの一般公開である。本堂前は「散(ちり)椿」。


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サーッと雨が、そして時折晴れ間。真冬と同じ寒さ。

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スギゴケに落ちた「ローゼフローラ」という品種。
一本一本に品種名が添えてあるのが嬉しい。

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種類の多さと手入れの良さで、椿の寺と言われる。
一番手前の右端の大輪は、「舞鶴」。

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もちろん、桜も満開。インクラインを歩く人も多い。

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三条から四条まで、高瀬川に沿って歩く。
花吹雪で、川面も道路も花びらに染まる。

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途中、細い先斗町通に分け入る。
寅さんが陶芸家の老人と上がった茶屋はどこか?
(前回のブログ参照→こちら
四条通を越えてすぐ、ミシュラン二つ星の露庵菊ノ井で昼食。


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実は、今回のもう一つの目的が長男ら二人に会うこと。
明るく、すなおな娘さんであった。
途中で出会ったこんな光景を、親は夢見る。


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四人での昼食後、二人が高台寺近くの円徳院を案内してくれた。
秀吉の妻、ねね終焉の地として知られる。
茶室でお抹茶をいただく。重ねて甘茶も。意外に飲みやすい。


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二人と別れ、先の老人の自宅(河井寛治郎記念館)に向かう。
この路地で寅さんは、豆腐を買いに出たマドンナ(いしだあゆみ)と出あう。30年以上前の映画撮影時と同じ家並みが今に残る。


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花に恵まれ、四人で会食、そして楽しい会話。至福の時であった。
一日の興奮を胸に京都駅まで歩きとおしてしまった。
バス、地下鉄のフリー切符を持っていたが。


寅次郎あじさいの恋

1982年公開の寅さんシリーズ第29作「寅次郎あじさいの恋」から

寅さんは鴨川べりで老人(13代目片岡仁左衛門)の下駄の鼻緒を直してあげた。お礼にと、老人は寅さんを先斗町の茶屋に連れて行く。
例によって寅さんご機嫌の楽しい宴会に・・・
                (写真:1976年4月、京都先斗町)



翌朝、目覚めたのは老人の自宅兼作業場。
老人は人間国宝の陶芸家。でも寅さん最後までそのことは知らない。
もらった茶碗を放り上げたりして、老人はあわてる。
(以下の写真4枚:1995年10月、河井寛治郎記念館。映画撮影も同所)

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そこに働くのが女中・かがり(いしだあゆみ)。
しかし、かがりは心を寄せる職人との恋に破れ、実家のある丹後に帰ってしまう。

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寅さんはかがりを追って丹後半島の伊根に向かう。
伊根は若狭湾に面した小さな漁師まち。
舟屋といって1階が船の倉庫で、2階が住まいになっている。
            (以下の3枚の写真:1974年9月、伊根町)

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かがりは寅さんと海辺で語りあう。
潮騒の音。かがりは寅さんがまんざらでもない様子。

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連絡船が出港してしまい、寅さんはかがりの家に泊ることになる。
かがりの白いふくらはぎ(ゴックン)。寅さんの寝床に忍び寄るかがりの白い足。(「寅、やってまえ」の声が関西の劇場で湧いたと。)


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柴又に逃げ帰った寅さんのところに、かがりから「あじさいの寺で待ってます。」との連絡。
意気地のない寅さん、甥の満男(吉岡秀隆)を連れて鎌倉に向かうが・・・。
  (写真:1970年7月、明月院か?。映画撮影は極楽寺の成就院)

あじさいの寺

エンディング・・・寅さん、彦根の街かどで瀬戸物の啖呵売。
人間国宝の作と偽って安物を1万円で売ろうとする。
偶然行き会わしたのが例の老人。「こうた。でも、たこうないか?」
                 (写真:2007年5月、彦根)

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マドンナがなんと、寅に惚れる・・・
いしだあゆみ34歳の色気と伊根の抒情、仁左衛門の好演で、シリーズきっての名作。
ー偶然にも、私も寅さんと同じような処を旅していた。
プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

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