浦賀のこて絵

ペリー来航の地であり、回船業と干鰯取引で栄えた浦賀には「こて絵」が多数残っている。
(本ブログのカテゴリ「こて絵」も参照下さい。)


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湾を挟んだ東西に叶(かのう)神社がある。
源氏の再興を祈願し、それが叶ったので叶神社。こちらは西叶神社。

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その社務所玄関上の壁一面が童子を描いた漆喰細工となっている。
伊豆の長八と並ぶ左官職人、三浦の善吉・石川善吉、昭和5年の作品。


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西叶神社を南に下ると川間町内会館。
その1階と2階の軒下に善吉の息子・市川梅尾、昭和34年の作品。
1階には、色彩が施された松竹梅と鶴亀が描かれ・・・


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2階には、頭をもたげ、眼光鋭く鳳凰が羽ばたいている。

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市営の渡し船で、湾の東に移る。
船着き場から近い高台に、こじんまりと法幢(どう)寺がある。
陽だまりもあって、梅の古木がすでに満開だ。

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本堂の正面外壁。
手前の龍の彫り物もすばらしいが、その奥の壁にご注目。


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岩田辰之助、徳太郎兄弟、大正15年の作。
魔よけの神獣である唐獅子が2体、左右に描かれている。

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何かユーモアを感じるのは私だけでしょうか。

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同じく、東浦賀の八雲神社に善吉、明治35年の作品。
(この写真のみ2011年1月撮影)
御参りする場所を向拝と言うそうだが、そこにあるので「向拝の龍」。
普通なら木を彫るところを、漆喰で・・・感嘆するばかりである。

P1020544 八雲神社の「向拝の龍」の鏝絵

どこか遠くの町に来た錯覚にとらわれるのが浦賀の町である。
赤い電車に乗ってタイムスリップしよう!
潮のかおり、歴史ただよう浦賀でワンデートリップ!
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左官の技と自然の神秘

今月の温泉巡りは、西伊豆の堂ヶ島温泉。

その宿にほど近く、なまこ壁で知られる松崎町がある。
なまこ壁とは、黒い平瓦の目地を防水のため漆喰で塗り固めたもの。
丸みを帯びた断面が海の「なまこ」に似ることによる。


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こちらは昔呉服商の家だった中瀬邸。
今は町に寄贈され資料館となって一般公開されている。


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その土蔵の扉には立派なこて絵が施されている。
漆喰を使って、こてで盛りあげる。

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目の前の那賀川に架かる橋もこて絵で彩られている。
欄干の四隅とも、やや色あせてきているが満開の桜の絵がら。

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江戸から明治に活躍した左官職人・伊豆の長八はこの町の生まれ。
今にも飛び出さんばかりの迫力である。(以下2枚、長八美術館にて)

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しかし、長八のこて絵は華麗な色彩を用い、絵画のように描くことに特徴がある。その作品の鑑賞には虫眼鏡が必要なほどである。
丸一山荘やその近在のこて絵を以前紹介した(→そのブログ)。
だが、長八の作品は別格であり、芸術の域にある。


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一方、堂ヶ島といえば、船での洞窟巡りが恒例。

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洞窟に差し込む光が美しい。

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堂ヶ島とは数十の島の総称で、その中の三四郎島はトンボロで有名。
干潮時にだけ陸続きになる。

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数時間後には、海に没する。
三角の小さな岩の頭だけ残して・・・

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長八の感性を育んだ堂ヶ島・松崎の自然。
漆喰は、海藻、藁、石灰からなる、やはり自然が源。
長八の作品は、関東大震災で多くが失なわれたのが残念である。

こて絵(その3)

こだわりのこて絵の第3弾です。

国道141号を経て農の里に向かう途中に長沢集落がある。
道の駅「南清里」のあるところでもある。
その集落に立派な土蔵造りの長屋門がある。


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南に面した妻部分に、ちょっとユーモラスな「波と亀」のこて絵。
そこのおばあちゃんに話が聞けた。
70年前に建て直した長屋門で、津金の職人に頼んだとのこと。あの三井さんに相違ない。

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北面には「松と鷹」。       正面入り口には家紋を配す。

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この集落にはもう一軒、「大黒様」のようだ。

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農の里の北隣に、「そば亭」で有名な樫山集落がある。
ここに、大型機械を導入して大豆やそばを作っている篤農家がいる。
私が栽培しているそばは、最初このお宅から種を分けていただいた。


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そのお宅の土蔵に「松?に鷹」、やはり三井さん作。
70歳になるおじさん「今の時代、土蔵はどうにもならん。機械をしまおうにも間口が狭くてよ。いっそ潰してしまおうかとも思う。」
私「もったいない。ギャラリーにどうですか。そば亭のお客向けに。」


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そして、農の里のあるお宅の土蔵 。
作風から三井さん作の「松に鷹」。
上の作品同様に鷹が下を向いている絵柄。


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そして丸一山荘。私が洗濯場兼農機具置き場としている部屋。
お母さんが民宿を始めた時に三井さんに頼んで作った風呂場だった。
その壁一面に・・・


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三井さん50歳の頃の作、「八ヶ岳」のこて絵。
お母さんによると、三井さんはお酒はやらなかったし、車の運転もしなかったので、津金の自宅まで送り迎えをしたとのこと。
今までで見た最大の作品だが、私の趣味としてはちょっと・・・


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芸術的価値とか個人の趣味とかは別にして、土着の職人の作品として大切に保存すべきか。

こて絵(その2)

今回は小渕沢地区の「こて絵」に続く第2弾、津金地区の「こて絵」

ここ津金は、「農の里」とは海岸寺峠を挟んだお隣同士。
その昔、武田や家康に仕え、国境警備の任にあたった野武士軍団の里といわれる。
そのせいか、この地区にはどっしりとした構えの家が多い。


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数年前、この地区を散歩した時に発見したのがこの「大黒天」。
それ以来すっかり「こて絵」の虜になった。


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その数軒下流に、「油屋商店」がある。
昔は油屋さんだったようだが、近年は酒屋さんをやっていた。
その店先に「油屋商店」と書かれた看板らしきもの・・・。


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上に乗っている「富士山と松原」を含め、全体が色漆喰づくり。
「こて絵」の形態はさまざまである。
これでもか、という職人魂に心ふるえる。


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最近、油屋さんは人が替わり、地域興しにつながる品々を扱う店→「油屋 八ヶ岳」となった。
油を売りに?来た近所のお母さん、話してみたら「農の里」のお母さんと同級生とのこと。「あんれまあ・・・」


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油屋さんの土蔵にもこのとおり芸術性の高い「波に千鳥」。
津金の「こて絵」は、この地区に住まわれた故三井貴男さん(明治45年生まれ)の30歳頃(約70年前)の作品。
お会いできないまま、最近亡くなられた。


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油屋さんからさらに数軒下流に長屋門があり、それを最近取り壊したとのこと。
これらはその長屋門についていた「こて絵」たち。
丁寧に切り出され、家の裏に保管されていた。


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作品名は「波に鶴」。
三井さんが代表作を問われた際、この作品だと答えている。(出展「うらやましい つがね」NPO文化資源活用協会)


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三井さんの本拠地だけに、この地区は「こて絵」のメッカ。
「こて絵をめぐるツアー」がよく催される。
この土蔵も、母屋も手入れが行き届いているが、無住のようだ・・・


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「松に鷹」。
気高さと優美さがたまらない。

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これも「松に鷹」。
でも、蔦らしきもので覆い尽くされそうなのが心配である。


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色合いが鷹らしくないが、こちらも「松に鷹」。
何やら釘の跡があるのが惜しいなあ。


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その土蔵の佇まいはこのとおり。
背景の八ヶ岳は、頭が雲に隠れてしまった。
そこのお爺さん「塗ったもんでないんで、このとおり色が剥げないよ。大したもんだ。」


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山里にこのような素晴らしい職人がいたことに感動です。
その手技を思う存分発揮させる施主の存在も欠かせない。
みんな日々の暮らしに追われていたはずなのに。

なお、三井さんの代表作「波に鶴」は同地区の「おいしい学校」(→北杜市HP)で保存、展示される予定とのこと。

こて絵(その1)

こて絵をご存知でしょうか。
伊豆・松崎町の左官職人、入江長八で有名な、あれです。


1月24日、小淵沢駅から農の里に車で3分足らずの小淵沢町上笹尾。
細い路地に入ると土蔵が3つ、4つ。
このように「水」の字や家紋が書かれているのはよく見る。


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でもこちらの土蔵はちょっと違う。
何やら色のついた、それも何かの絵が・・・


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これが「鏝(こて)絵」。
漆喰に顔料を混ぜたものを使って立体的に塗りつけたもの。
ピョウタンを片手に、何やら抱えている・・・

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こちらは、そのお隣の土蔵。

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袋を抱えた大黒様、おめでたい絵柄である。
奥さんから話を伺うことができた。
「数年前に壁を塗り直したのですよ。でも、この絵は昔からのままかしら。」
写真右上に見える龍のような飾りも鏝でつくったもの。


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こちら3軒目の鏝絵は、いつも通る道に面したお宅のもの。
私より2つ歳上となるご主人に話が聞けた。


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絵柄は、二宮金次郎である。
そもそも鏝絵は、職人が左官の仕事をさせてもらったお礼としてつくるもので、この土蔵は昭和28年に、茅野の宮坂じこうという職人のなせる技とのこと。
その出身地には今でも鏝絵がたくさん残っているとも。

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この土蔵には、金次郎の左下に、飛び交う二羽の鶴が、

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また、右下には亀と、対になって鏝絵が施されている。
ご主人「30年ほど前に宮坂さんの弟子に、鏝絵を含めて壁を塗り直してもらったが、手を一切抜かない仕事っぷりには頭が下がった。」と、その時の感動を熱く語ってくれた。

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この土蔵の正面はこちら側。
漆喰で塗り込めた両開きの扉が、手前側にももうひと組ある。
今でも収穫した米を籾(もみ)のまま保存しているようだ。


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冒頭2軒の土蔵の、路地の反対側はこう。
鏝絵を見つけた喜びに加え、この景観に息を飲んだ。


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宮坂職人(故人)の出身地の鏝絵も見てみたいが、その前に農の里近傍のこて絵をもっと紹介していきます。(2013.2.8)
<訂正>2軒目の絵柄は、布袋さんではなく、大黒さんでしたので修正しました。(2013.2.9)


プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

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