日本であって日本でない根岸台

JR根岸駅の真ん前の丘に登るとあるのが「ドルフィン」。
その昔、ユーミン(荒井由美)の歌「海を見ていた午後」に出てくるレストラン。
今でも赤いネオンを目当てに東京くんだりからカップルが集まる。

P1080056.jpg

その近くに見かけない色彩と形の大型車両たち・・・
バンパーに「U.S.NAVY」とあるので米陸軍の車両だ。


P1080049.jpg

ここは根岸住宅地区と呼ぶ43万㎡にもなる米軍基地。
建物は米軍の消防署。基地内の住宅385戸を火災から守る。


P1080052.jpg

米軍基地なので日本人は立ち入れない。
昔、友達と車で強硬突破したことがある。

P1080053.jpg

道路沿いのオブジェ?
いや、米軍が管理する消火栓。
すでに全域の返還が決まり、基地内の住宅はすべて空き家状態。


P1080060.jpg

基地の森の奥に顔を出す大型のユーモラスなオブジェは?

P1070319.jpg

基地のフェンス沿いに歩いていくとヨーロッパの古城を思わせる姿。
日本初の外国人用の競馬場のスタンドだったもの。
関東大震災で崩れ、今に残るスタンドは1930年の完成。

P1080065.jpg

P1070332.jpg

建物はすでに返還されているが、強度に問題があり立ち入れない。
ユーモラスに見えたのはエレベーター塔の丸窓。


P1070330.jpg

スタンドの前側は当然、競馬場の馬場だった。
そのエリアはすでに根岸森林公園として公開されている。
時には、ベンガルワシミミズクを訓練している人に出会う。

P1070334.jpg

基地の中にカメラを向けたら、「お父さん、中を映さないで。」と。
なんでよと、言っても始まらない。まだ、ここはアメリカなのだ。
全体の返還は決まったが、利用計画はこれから。
民有地が半分以上を占めることもあって、地主の意向確認がネックのようだ。
スポンサーサイト

横浜開拓の守護神

昔、大岡川の河口は釣り鐘状の浅海だった。
吉田勘兵衛は自費でこれを埋め立てて農地(吉田新田)とした。
両側(大岡川と中村川)と中央(今の大通り公園)に水路が設けられた。
(写真:横浜市歴史博物館の資料より)


P1020868.jpg

埋め立てには周囲の山を切り崩した土砂を用いた。
その一つが天神山で、京急・日ノ出町駅の裏に「天神坂碑」が立つ。

P1070973.jpg

埋め立て完成から、今年で350年。
吉田新田(橙色ラインのエリア)は今でこそ主役の座をMM地区などに取って代わられたが、横浜発展の礎となった。
(写真:ランドマーク展望台から。手前が大岡川の河口)

P1070951-2.jpg


9月15日から3日間が、この地の守護神・日枝神社の例大祭。
地元では「お三の宮」と呼ばれるのは、埋め立ての人柱となった「おさん」の伝説による。

P1070962.jpg

16日は時折の雨の中の大神輿巡行。
猿田彦神もお付きの神職も雨合羽姿に。

P1070936.jpg

横浜随一の大神輿は小型トレーラーが引く。
神社を出発した神輿の行列は一日をかけて地区全域をくまなく回る。

P1070938_2017091709573153e.jpg

P1070942.jpg

50もあるかという町内会がそれぞれ神輿を出迎える。

P1070946_201709171006438eb.jpg

ところどころに設けた御旅所では湯茶の接待も。
神輿が神社に戻るのは夜8時過ぎ。

P1070950.jpg

おさんの伝説が生まれるほど、埋め立ては困難を極めた。
日枝神社の裏には堰の安全を祈った堰神社まである。
現代では咳の神様として信仰されている。

P1070970.jpg

高島嘉右衛門、浅野総一郎と並んで吉田勘兵衛は横浜発展の立役者。
小学校で習ったこれらの偉業は私の記憶に鮮明に刷り込まれている。

ジョイナスの森彫刻公園

相鉄ジョイナス(横浜駅西口)の屋上に行ったことがありますか?
ジョイナスにエレベータがない(と思った)ので、高島屋のエレベータで上がる。
高島屋の屋上は子供の遊び場やビアガーデンになっている。

P1020087.jpg

これにジョイナスの屋上が続いている。
そこはジョイナス開業の5年後、1978(昭和53)年に完成した彫刻公園。
10メートルを超える大木も植えられ、ホッとできる空間である。

P1020068-011.jpg

園内各所に彫刻が置かれている。
シャコビ・マンズー(イタリア)の「踊子」(1983年)。
解説版には、哀愁を表現した作品とある。

P1020078-019.jpg

アントワーヌ・ブールデル(仏)の「果実」(1911年)。
果実を持つ手と併せ、伸びやかさが感じられる。

P1020075-017.jpg

朝倉響子の「NIKE’83」(1983年)。
かかとを上げ、細身の体がよりほっそりと見える。


P1020065-009.jpg

柳原義達の「道標・鳩」(1973-9年)。
4羽の鳩が芝生で餌をついばんでいる。
「鳩に餌はやらないでください。」の看板は、ここにはない。


P1070468.jpg

船越保武の「茉莉花(まつりか)」(1978年)。
船越は、佐藤忠良(→マイブログ既出)と共に戦後を代表する彫刻家。
田沢湖畔の「たつ子像」(→マイブログ既出)も彼の作品だ。

P1020071-013.jpg

クレーンが奥に見える。
東急ホテル一体の駅ビル再開発工事が急ピッチで進んでいるのだ。

P1070465.jpg

工事の様子を見ようと進んだら、ジョイナスのエレベータを発見!
エレベータホールに立つ銅像は、相鉄の初代社長・川又貞次郎。
戦後永いこと砂利置き場だった西口の開発立役者である。
相鉄グループはこの12月に100周年を迎える。


P1070473.jpg

彫刻の制作年から見て、彫刻は後から置いたもの。
いずれにしても屋上を庭園化した日本でのはしりである。

ペリーのマンダリンブラフ

1958(昭和33)年5月、本牧の旧間門海岸での潮干狩りの様子。
一帯の海岸はその直後埋め立てられ、巨大な石油精製工場となった。

PICT0113.jpg

60年を隔て、この海食崖は同じ姿で残り、その足元は本牧市民公園、崖の向こう側は三渓園として市民憩いの場となっている

P1060461.jpg

ペリーはこの崖を見てマンダリンブラフと呼んだそうだ。
マンダリンとはミカンのこと、ブラフは崖。
黒船からはミカン色に見えたのだ。

P1060459_20170204203424665.jpg

旧間門海岸に面するのが、今も現地に立つ間門小学校。
かつては、休み時間に児童らは海辺で遊ぶことができた。
埋め立ての代償として作られたのが附属海水水族館。

P1060453_201702042034518e3.jpg

設立当初はポンプで海水をくみ上げていたが、今は人工海水を使う。

P1060451_20170204203503055.jpg

水槽の魚は地元の漁師が定期的に補充している。
有志が手助けはしているが、普段の世話は児童が行う。

P1060442.jpg

ウミガメの赤ちゃんは沖縄美ら(ちゅら)海水族館から寄贈された。
壁に体重と身長の増加の状況が貼ってあった。
本施設、職員室に断ればいつでも見学可能。月に1回、一般公開日も。


P1060446.jpg

マンダリンブラフの頂上から見た現在の間門海岸。
道路は首都高速湾岸線。(写真:昨年11月)
雲がなければ煙突の向こうに富士山が見える。

P1060090_201702042035291f1.jpg

この石油精製工場には仕事で何十回も訪ねた。
定期点検中の巨大なガスタンクの中にも入った。
が、当時は崖のことも潮干狩りのことも、頭をかすめることさえなかった。

黄金町エリア

珍しく鏡のような水面の大岡川。
右岸(写真右)は末吉町や伊勢佐木町といった横浜を代表する繁華街。
左岸は日ノ出町・黄金町・初音町からなる黄金町エリア。


P1050627.jpg

黄金橋のたもと(左岸)にある「日ノ出湧水」。
野毛山の裾野に湧いた水を、明治の頃ここまで導き、船舶に給水していたものだと。

P1050633.jpg

湧水から京急線のガードをくぐった表通りは、大岡川のかつての水運とつながりのある問屋街。
その一画に、「角田めがね&カフェ」がオープンした。
中学、高校時代からの友人が、馬車道にあった店を、ここ自宅ビルの1階に移したもの。


P1050610.jpg

新店舗では地域とのふれあいを目指したカフェスペースを設けた。
選りすぐった豆をハンドドリップで味わえるのはうれしい。


P1050613.jpg

そのお隣は「柴垣理容院」さん。
文明開化を受け、1871(明治4)年に髪結いから西洋理髪に転業したお店で、現存する日本最古の理容室。
現在5代目さんが腕を振るっている。


P1050615.jpg

鏡の横にはご夫妻の肖像画。
田中千智さんという新進気鋭の画家が、あるイベントの際、地元の100人を描いてくれたのだと。


P1050616.jpg

そのイベントとは、2008(平成20)年の「黄金町バザール」。
京急線の高架下周辺で、若いアーティストの作品展示をしたお祭りで、以後毎年秋に開催されてきた。今年は10月1日から11月6日まで。

P1050636.jpg

近所の子供たちも、のこぎりと金槌を使ってアートに挑戦中。

P1050638.jpg

このバザールのきっかけは・・・実は高架下周辺は、戦後から近年まで売春婦が横行した街でもあった。
2005(平成17)年、県警がバイバイ作戦と称してこれら違法行為の一掃に取り掛かった。
その象徴として設置されたのが、眼光鋭い鷹を屋根に据えた交番。

P1050623.jpg

地域の住民・商店主も立ち上がり、売春は一掃された。
そして地域再生の手法として編み出されたのが、バザール開催と元売春宿のアート拠点化。
間口が1間(1.8メートル)しかないような建物を、交渉してアーティストたちの活動拠点として生まれ変わらせてきた。

P1050637.jpg

かつてはピングのネオンが異様に大岡川の水面に写っていた。
この先、アートを中心にnew文明開化の香り高き街となることを願う。
プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
訪問者数
お知らせ
<コメントをお送りください>
●各記事の末尾(スポンサーサイトの下)に「コメント:数字」があり、これをクリックすると投稿欄が出てきます。
●お名前(適当に)と本文を書いて、簡単な数字の入力が求められ、あとは送信ボタンを押すだけ。ご自身のアドレスなどの欄は空欄でOK。
●コメントはどうも・・・という方は、拍手のボタンを押してください。ブログを立ち上げなおすと、拍手の数が増えたのが確認できます。
最新コメント
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック