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山手公園

山手といえば観光客でにぎわう(今年は別)山手本通り沿いの西洋館。(→こちら
その本通りを外れ、むしろ本牧通りに近いのが山手公園。
公園内にはテニスコートが何面かある。

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ここは日本でのテニス発祥の地。
生麦事件を契機に、英仏米が幕府に居留地民の憩いの場を要求。
1870年、国内初の洋式公共公園として造られ、テニスがプレーされた。


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公園の管理事務所兼クラブハウスが旧山手68番館。
1934年に外国人向け貸家として建てられ、ここに移築されたもの。
元あった場所の地番が68番だったのでこの名前に。

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こちらは横浜山手テニス発祥記念館。
外観は旧山手68番館に合わせて作られている。
テニス発祥当時の資料が展示されている。入場無料。


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当時のテニスの様子を現わしたステンドグラス。

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当時はこんなロングドレスでテニスをしていた。
そこで、こんなスカート吊り上げ器を用いていた。

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記念館の周りをはじめ、公園内には巨木が多い。
これらは公園開設間もない1879(明治12)年にインドから種が持ち込まれたヒマラヤスギ。

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管理人のおばさんが「いま、実が付いていますよ。」と教えてくれた。
見ると、枝先にいくつもの球果が付いている。

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これが秋に熟すとバラの花のように膨れて中から種をまき散らす。

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地面で生えた実生苗をおばさんが育てて2年目の苗。

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山手本通りをはじめ、各地にヒマラヤスギの巨木があるが、すべてここの種から広がったもの。
種から育てることは私の趣味でもあるが、ヒマラヤスギはちょっとね。
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道端ガーデニング

日本人は植物を愛でることに長けた人種らしい。
江戸の時代から庭のない三軒長屋でも道端に鉢を置いて楽しんできた。
(写真の赤い花は、夏の花のハイビスカス、磯子区内)


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軒先だけで飽き足らず、歩道に領域を広げているのをよく見かける。
(写真:2019年5月、神奈川区内)

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こちらは道路上空にまで領域を広げている。
通行の邪魔にはならないが、電力会社とのせめぎあいはあるだろう。
(写真:2018年12月、南区内)

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多くの場合は、几帳面に自分の敷地内に収めている。
日本人の特性というか、家主の性格が表れている。
(写真:南区内)


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道路端にあるL型側溝までは許容範囲と、自ら定めている?
(写真:南区内)


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あまりの道路侵犯?は憚れるとなると、塀があればその活用となる。
(以下の写真2枚:本年6月、中区内)

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そこでは費用の節約上、鉢はできる限り代用品を使うこととなる。
ペットボトルの活用は一般的だ。


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こちらも塀の高さまで、小さな鉢が整列している。
(以下の写真2枚;本年4月、磯子区内)

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白いプラスチックの小さいケースが使われている。
豆腐のケースにしては小さいし、第一、正方形をしている。
写真に写っている3倍ほどの鉢が並んでいるのだが、さて・・・


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道端ガーデニングで困るのは、花泥棒の存在。

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陽がささないような路地にまで手入れの行き届いた鉢が並んでいる。
そんな街は住民の心の豊かさを感じる。

ヤマユリの復活

12年前、団地周囲の斜面の崖崩れ防止工事が県により行われた。
樹木を伐採し、表土をはぎ取ってコンクリートの枠を張り付ける。
コンクリート枡の中には外来種の牧草の種を含む土を吹き付ける。

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自宅前の工事が終って、半年が経った時の様子。
強い剪定を受けたが伐採を免れた樹木が、葉を復活させている。
その足元は牧草の青々とした芽吹きで芝地のようだ。
(写真:2008年10月)


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4,5年もしたら、樹木は茂り牧草は消え、笹の密林となった。
遠目には工事前に比べてそん色ないような緑に復活している。
ここ数年、自宅前の斜面上部だけ樹木の剪定と笹の刈り取りをしてきた。
(写真:2019年8月)


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すると、最上段の枠の中にヤマユリが生えてきた。
最初に気が付いたのは昨年のことで、丈が30㎝ほどまで成長した。
そして今年になって60㎝まで伸び、蕾が付いた。

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7月18日、蕾に膨らみがあり開花が待ち遠しい。

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7月23日、蕾が白っぽく膨らみ、先端にも変化が出た。

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7月25日、夜半の小雨に濡れながらも開花。

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実は、斜面工事の前にはほぼ同じ場所にヤマユリが咲いていた。
十数輪も咲いた年さえある。
(写真:2003年7月26日)


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「やまゆり」というと今では悲惨な事件を思い出してしまう。
私としては小学5年の夏休みの作品の思い出もある。
卵の殻に絵の具を塗り、細かく割って貼り付けるモザイク画のヤマユリ。
(写真:1959年)


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自宅前のヤマユリは、永らく眠っていた種が環境条件が満たされて発芽したものだと思う。
種を結べば、殖やしていくことも夢でない。

震災復興橋梁の親柱

以前の震災復興公衆便所(→こちら)に続いて、震災復興橋梁。
掘割川(→こちら)の河口部に架かる八幡橋もその一つ。
震災5年後の1928(昭和3)年に架け換えられた。
根岸側のたもと(矢印)に注目願いたい。

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堂々とした2基の親柱が立っている(磯子側2基はすでに撤去)。
NYのクライスラービルをモデルにしたものと言われている。
(この写真2枚:2015年10月)

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中村川に架かる亀の橋の親柱。
たもとに濡れ地蔵尊が鎮座する。
このため橋から山手本通りに登る道が地蔵坂と命名された。
(写真:2018年6月)

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中村川に架かり、谷戸坂や元町商店街の入り口の谷戸橋の親柱。
橋のたもとにシドモア桜が植わっている。
シドモアとは、ポトマック河畔の桜並木の生みの親。
(写真:2019年3月)

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大岡川に架かり、日ノ出町駅前に通じる長者橋の親柱。
バックのビルは吉田新田を埋め立てた吉田勘兵衛(→こちら)の末裔。
(写真:2016年7月)
以上4橋の親柱は震災復興時のまま現存するもの。


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大岡川に架かり、野毛坂に続く都橋の親柱。
1984年、橋の改築時に復元した親柱のようだ。
(写真:2018年3月)


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翁橋として復興され、1989年に移築された浦舟水道橋(→こちら)。
親柱は復元したものと思われる。
(写真:2015年10月)


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掘割川の最上流部に架かる中村橋。
2007年の橋の架け換え時に復元した親柱。
かなり堂々としたつくりだが、元翁橋同様に頭部に灯火を備えない。
(以下の写真:本日)


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中村橋のすぐ北隣、中村川を国道16号が渡る睦橋の親柱。
橋は1987年に改築され、親柱もその際に復元か?


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中村橋の下流隣、天神橋の親柱。
2018年に橋が改築された際、親柱(石)は再利用し、灯火は復元された。


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市内74ある復興橋梁それぞれに異なる親柱が立っている。
すべて東京美術学校(現東京芸大)の学生によるデザイン。
これは建設費削減のため高名なデザイナーに頼めなかったことによる。
しかし、携わった学生の名前など、何もわからないとのこと。


訂正:天神橋の親柱として、石がなく灯火だけの写真を載せていましたが、四隅の親橋のうち2か所に石があるので、その写真に差し替えました。(2020年8月4日)

お茶の子まめ

滝の川歩き(→こちら)の際に立ち寄った甘味処「お茶の子まめ」。
六角橋と神大寺の境、バス停「神奈川大学入口」の近くにある。
控え目で落ち着いた感じの小さな店だ。


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暖簾をくぐると、畳敷きの小上がりに割烹着姿の女性がちょこんと。
子供のころの駄菓子屋に入ったかのよう。
昭和のレジスター、商品サンプルの入ったガラス箱。
さりげない笑顔で迎えてくれるところが、昔の駄菓子屋と大違い。


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琥珀糖(手前の3種類。ユズ、梅、ショウガ)、クルミ入りの寒氷(中央左)、和三盆糖(中央上。箱入り)。
琥珀糖も寒氷も、寒天と砂糖の干菓子だが食感が違う。
和三盆糖は、漫画コジコジに因んだかわいい形をしている。


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これらを無漂白の素朴な紙袋に入れ、器用に紙紐を取りつける。
ちょっとした手間で、単なる袋が心躍る玉手箱(袋)に変身する。

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店の片隅に、お茶を飲める椅子席がある。
座布団を降りて、お茶をたてる。
所作の一つ一つが優雅で気持ち良い。

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菓子は、最中を選んだ。
ふっくら炊かれ、すっきりした粒あんを楽しむ。

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最初の訪問の際、長野から取り寄せたという杏が準備されていた。
かき氷のシロップにするのだと。
シロップにするにはもったいないような粒ぞろい。


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そのかき氷を飲みたくて、きょう再訪したのだ。
これも昭和の機械、サクサクとした心地よい音で削る。

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酸味と甘みと雪のような氷のバランスがいい。
お誘いに甘えて杏シロップの追加を頼んだ。
甘露!甘露!

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小さいころから細かな手仕事が好きだったと。
これからも地元に愛される「まめや」さんであってほしい。
次回はどら焼か、きょうは売れ切りだったまめかんを食べよう。
プロフィール

Shige Haru

Author:Shige Haru
●小学校3年生のときの理科の宿題が「季節のたより」
●何の花が咲いた、何の鳥が鳴いていた、初カツオを、あるいはイチゴを食べた・・・と日記風に書き記した。今と違って食材にも季節が感じられた。
●そんな季節を感じられる便りを、八ヶ岳南麓の里と横浜の自宅から、お伝えしていきます(故あって、今しばらくは自宅からが主となっています)。

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